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先輩たちの声 > 東通村 村田 睦夫さん

 

村田さんの写真 下北地域をいちごの一大生産地に!!
村田 睦夫さん(46歳)
(東通村)

プロフィール
家族構成 :本人、息子(21歳)、両親
住所   :東通村大字田屋
出身地  :東通村
学 歴  : S53.3  県立工業高校卒
職 歴  : H53.4 〜 H12  卸売市場勤務
就農年月日:H13.4 就農(41歳)
新規就農ながらも、地域で誰も取り組んでいなかったいちご栽培に挑戦した村田さん。いまは、いちご生産部会の会長として、規模拡大の準備を進めながら、生産者仲間の獲得と通年雇用という課題の克服にも日々奔走しています。



 経営概要
項  目 内            容
作付内容

・業務用いちご(品種 ペチカ) 33a ( 100 坪×10棟)
・露地野菜(ねぎ、ほうれんそう、その他いろいろ)
・ぶどう( 30 坪×4棟)     105a
・水稲               75a

労働力

・いちご:本人、パート3人 
・野菜 :本人、両親、息子

農業施設・機械

ハウス10棟、冷蔵庫(就農時は3棟から開始、年々2棟づつ増設)、トラクター

農業粗収入

 

販売先

いちごは、契約先へすべて出荷
露地野菜は、地元百貨店の産直コーナー(「村田さんの野菜コーナー」あり)へ出荷



<村田さんの一日のスケジュール> (ピーク時6月〜8月)

4 時半     起床 収穫前の作業準備
5時〜9時   収穫作業(パートも)
10時      出荷
11時〜    出荷用詰め込み作業
午後      野菜収穫など

パートさんのいちご選定作業の様子
パートさんのいちご選果作業
就農の動機をお知らせください。
農家の長男であるしいずれは農業を継ぐつもりはあったが、親が70歳を超えたことを契機に就農した。 ただ、やる場合、親の営農作目をそのまま受け継ぐつもりはなく、何か全く新 しい作目に挑戦したかった。それが「いちご」だった。

就農時の取組をお知らせください。

(1)栽培技術の習得は?
全く、ゼロからのスタートだった。栽培技術は、弘果(株)が週1回と「ペチカ」を開発した北海道の種苗メーカーが月1回きて指導を受けた。
(2)農地の確保・資金の確保などは?

農地は親の土地を活用し、ハウスは農協のリース事業を活用し準備した。
営農費などに使う必要な資金 2,000 万円ほどを農協から貸借した。

(3)地域とのつきあいは ?
平成18年度設立したはまなす農協いちご部会で会長として活動している。村産業まつりなどにも積極的に参加し交流を深めている。

 就農しての感想をお聞かせください。

(1)よかった点

最初の3年間は収穫がほとんどないなど(最初は生食用品種「とよのか」を作付)大変だったが、4年目に取り組んだ業務用いちご「ペチカ」が軌道にのり、安定してきたこと。

また、当初は地域でたった1人取り組んでいたが、今は仲間10人になったこと。情報交換を頻繁に行いながら、「ペチカ」生産地の拠点を目指してがんばっている。

収穫量の90%を出荷している地元百貨店の野菜コーナーは、毎日売れ切れ状態であり、おいしいとの声が直接電話で伝えられるなど、とてもやりがいを感じる し、またうれしい。毎日の包装、出荷はきつい部分もあるが、おいしいとの声を励みにがんばっている。

販売先が確保できたので、現在は生産に専念できること。

(2)苦労した点、また苦労している点

当初、下北地域でいちごに取り組むことについて、行政、農協など相談したが、下北で いちごなんてあり得ないといった風潮で、どこも門前払いだった。リスクは確かに大きいが、やる気のある人をバックアップする体制がほしかった。自分は、親の「やってみろ」という言葉を励みにがんばった。

現在、仲間も増え軌道に乗ってきたが、雇用者への待遇(失業保険、通年雇用など)が大きな悩み。毎年、作業を一から指導するのは大変なので、なんとか通年雇用の形で、雇用者を確保する方策を検討している。

 今後の目標は?
ハウス20棟 売り上げ3,000万円が目標。また、仲間を20〜30人に増やしたい。
 就農希望者へのアドバイスなどをお願いします。
いちご栽培は、中途半端な気持ちではできない。
パチンコもたまにはやりたい」「たまに休みたい」などと思う人は就農はやめた方がいい。 何事にも通じるとは思うが、徹底してやり遂げる意志を持つことが一番大事だと思う。


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青森県農林水産部構造政策課